原田惟仁プロフィール2

私とホメオパシーとの出会い

そもそも私がホメオパシーを知ったのは、5人目の妊娠が分かり
4人目の出産からお世話になっていた助産師の鴫原 操さんが
(当時はRAHの学生さんで生前は日本ホメオパシー助産師協会会長)
妊婦検診の時に息子の異常に気付き、たった三粒の砂糖玉(レメディ)と一冊の本を頂いたことがきっかけでした。

その当時の私は、前夫と喧嘩の耐えない毎日がありました。

小さなことから、大喧嘩に発展し更にエスカレートしていくと
暴力が出るようになり、妊娠中にもかかわらず暴力を受けていました。

息子の異常に気付いたのは1歳半の時でした。

息子は心理的異常行動(自傷行為)をしていました。

本来なら「ママ。ママ。」と一番可愛い盛りのはず、
でも彼は笑わず、ほとんどしゃべらず、泣く代わりに自分の頭を床に打ち付けたり
、腕を噛んだり、髪の毛をむしったりという自傷をして要求や悲しみ・怒りを表していました。

砂糖玉(レメディ)をもらった時、正直「何。これ?」「こんなもんでどうなるわけ?」
「あやしい~。」と半信半疑。頂いてすぐには使わず、ポンと出窓に放置していました。

一週間ほど経った頃、使ってみようかな?程度の気持ちで、一粒寝る前に舐めさせてみました。

すると夜、十二時を過ぎた頃から息子の様子がちょっと変なのです?
ん?ん?夢を見ているような、うなされているような、息子。

しばらくすると今まで聞いたことのない泣き声で「ママ~ママ~。」と目を閉じながら叫び始めました。

その日は???で一体どうしたことか?とびっくりしつつもレメディの効果だとは気付かず、
ミルクをあげたり、抱いたりとなだめて寝かしつけました。

二日目も、同じ時間ごろからムズムズ、始まり号泣と夢遊病的徘徊が始まり、
部屋をグルグル回ったり叫んだりと前夜より一段とすごい状態になり、
三日目もまた同じ時間から、今度は狂ったように叫び、泣き続けて半分寝ている状態で二時間近く泣き続けました。
(後で説明しますがこの時間帯にはなるほど!というエピソードがあるのです。)

それが三日間続き、今まで見たことも無い息子の様子に、恐怖感を覚え、夜中にもかかわらず、鴫原さんに電話をかけてしまいました。

そして彼女から返ってきた言葉は、思いもよらない言葉でした。

「有美ちゃん。分かる?彼の中にあれだけの悲しみ、恐れ、怒りが溜まっていたのよ。」
「しっかり抱きしめてあげて。」
「そして、これからどうすべきかをキチンと考えてね。」・・・と。

その言葉に、私は我に返りました。
「このままじゃいけない。」「今まで自分のことばっかりで。」
「私、何していたのだろう。」って、涙が溢れて止まりませんでした。

少しずつ私の中の何かが変わり始めたスタートがここでした。

それからも相変わらず喧嘩ばかり暴力も絶えずの、毎日でした。

レメディを飲ませて二週間ぐらいたった頃、台所で食器を洗っていると、
「ママ~。え~ん!え~ん!」と普通に泣いている息子の姿があるではありませんか!!!

その頃から少しずつ、彼の笑顔が戻り始め、言葉も増え、よく泣き、熱も出し、
中耳炎になり・・・。続きは次へ
彼の毎日の大きな変化に驚きと感動をしたことを今でも鮮明に覚えています。

この感動とミラクルを体験し、私はホメオパシーの魅力に取り付かれてしまったのです。

鴫原さんから頂いていた小難しそうな本(笑)を読んでみようと思い始め、「ロンドンからレメディを一瓶」という本を読みました。

この本との出会いで、さらに常識を覆され、波動、エネルギー?などという知らなかった未知の世界があるということを知りました。

そして、今までの当たり前だと思っていたことや世間で言う常識に対して、さまざまな疑問が生まれ始めたのです。

次から次に湧き上がる、沢山の疑問を解き明かしたくなり、
RAH(ロイヤル・アカデミーオブ・ホメオパシーの略)への入学を決意しました。

知れば知るほど、ホメオパシーの不思議な魅力に取り付かれてしまった私。

ホメオパスは私の天職に違いない。というほどはまってしまいました(笑)

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